コナミスポーツマスターインストラクター大石鉄也のサッカーコラム SOCCER COLUMN by Tetsuya Oishi

レベル評価制度導入から10カ月

vol.35 | 2016/02

コナミスポーツクラブサッカースクールでは、2015年5月からリフティング・ドリブルのレベル評価制度を導入しました。
評価制度導入から今月で10カ月が経過しますので、その効果を含めて私の意見をお話させていただきます。

まず、導入した目的は、以前(2015/04)にもお話させていただきましたが、子供たちがサッカーを生涯楽しめるように、小学生の時期に技術の大切さを知ってもらい、技術を身につける努力をしてもらうためです。

導入した当初は、リフティング・ドリブルを規定どおりにやることに慣れていないこともあり、なかなか思うようにできなく、戸惑ったり、飽きてしまう子供もいました。
これは、今までやっていなかったのだから、出来なくても仕方がないことです。
技術練習は、反復練習が重要です。ひとつひとつのことが出来るようになるまでには、ある程度の時間を要しますので、焦らずに、継続して練習していくことが大切です。

その中で、誰でもそうですが、得意な練習は自ら率先して取り組みますが、自分が苦手なことに関して、自ら率先して練習することは難しいと思っています。
そこで、我々、指導者は、子供たちが積極的にチャレンジできる環境をいかにして作ることができるかということが重要であると考えています。
まずは、子供たち一人ひとりにしっかりと目標を設定することがポイントになります。
ただなんとなく練習して、なんとなくうまくなった気がしたでは、実際には、技術は身に付いていません。設定した目標を一つずつクリアしていくことで、何が出来るようになったのかが明確になり、達成感を味わい、自信を持つことができます。
このことを、リフティング・ドリブルの両軸で繰り返し練習していくことで、子供たちが足でボールを扱う技術が身についてきます。

子供たちは、このレベル評価制度をもとに、日々、サッカースクールだけでなく自宅でも練習をし、月1回のテストにチャレンジするのですが、それでも、なかなか、テストに合格できないことが続くこともあるかと思います。
でも、子供たちも、保護者の皆さんも、合格できないことに焦る必要は全くありません。
技術というものは、1カ月や2カ月といった短期間で簡単に身に付くものではありません。
日々、練習を重ねていくことで、徐々にコツを掴み形になっていきます。
繰り返しになりますが、技術が身に付くまでは多くの時間を要しますので、テストが不合格だったから駄目なのではなく、焦らずに、日々、練習をし続けていくことが、重要になります。そして、少しずつですが、努力した成果は、かならず、子供たちに技術という形で身についているはずです。

我々、指導者は、子供たちを指導していくうえで、目先だけの結果に拘らずに将来に繋がることが1番大切だと考えております。
テストに合格することを目標としていきますが、1回で合格しなくても、2回で合格しなくても問題ありません。何回不合格だったとしても、やり続けることで合格した時に、はじめてその技術が身に付いたことになります。時間をかけて身に付いた技術こそ本物で、これこそが将来に活きる技術になります。また、これらの失敗と成功の経験は、子供たちにとっても大きな力になるはずです。
子供たちには、焦らせることなく、時間をかけて何回もチャレンジできる環境作りを心がけて指導していきます。

レベル評価制度を導入して以降、子供たちの日々の努力は、形になって出来てきています。レッスン時の試合、エリア対抗戦などを見ていても、明らかにドリブル技術は上がっています。
以前は、ただ、ボールをゴールに向かって蹴っていたのが目につきましたが、今は、ボールを思った所に運び、相手がきたらかわすといったことが出来る子供が増えてきました。これは、子供たちがドリブルに対する意識が上がり、日々、必死に練習している成果です。
レベル評価制度を導入して10カ月が経ち、ようやく少しずつですが成果がではじめてきたということで、やはり、技術習得には多くの時間を要しますので、今後も長い目で子供たちの成長のために指導していきたいと思います。

保護者の皆様も、子供がテストでなかなか合格が出来ない時期もあると思いますが、焦らずに長い目で子供を応援してあげてください。そして、ひとつでも出来るようになってきたことを褒めて上げてください。
そして、是非、お時間のあるときは、サッカースクールのレッスンを見学にきていただき、がんばっている子供たちの成長を見ていただけたらと思います。

プロフィール

大石 鉄也

1979年11月26日生まれ。静岡学園高等学校から川崎フロンターレ入団。(在籍8年)川崎フロンターレ在籍時代に1年間、ブラジルグレミオに留学。2004年に現役を引退。現在は、子どもたちへの指導を行いつつサッカースクールカリキュラム開発及び指導者の育成にあたる。