コナミスポーツマスターインストラクター大石鉄也のサッカーコラム SOCCER COLUMN by Tetsuya Oishi

高校時代

vol.11 | 2014/02

1月13日に行われた全国高校選手権決勝は、最後にドラマが起こりましたね。今回からは私の高校時代、静岡学園についてお話したいと思います。

静岡学園を選んだきっかけは、小学6年生のときに参加した同校のサッカー教室でした。彼らの技術の高さに衝撃を受けて感動したのです。それ以来、どうしても静岡学園でサッカーがしたくて、日々の練習に励みました。しかし、静岡学園でサッカーをする選手は、県内はもちろん、県外からもスカウトされた優秀な選手ばかり。私がいた中学校は弱小で、大きな大会の出場経験はなく、スカウトなんてされるわけありません。

しかし、どうしても気持ちが収まりませんでした。サッカー部の先生に進路希望を伝えたとき、「お前の実力では静岡学園で試合に出られないから、地元の高校にしろ」と言われ、すごく悔しい思いをしたのは今でも覚えています。それでも、小学6年生のときからずっと憧れて目標にしていた、静岡学園に行きたい気持ちは変わることなく、同校の受験を決めました。

入部してみて驚いたのは、新入部員が50名以上いたこと。3学年で約150名もいる中で、先発で試合に出られるのは、たった11名です。とにかく自分がうまくなるしかないと思い、毎日の練習に必死で取り組みました。朝練習は5時45分から7時まで。電車で通うと間に合わない私は、学校付近に1人暮らしをしました。8時30分から授業があり、授業後の16時30分から20時頃まで午後練習、というスケジュールです。

しかし、みんなと同じだけ練習していても、レギュラーをつかむことは難しいのです。だから午後練習の後に毎日約1時間、自主トレーニングをしていました。もちろんレギュラーになるのが1番の目標ですが、そのときは少しでもサッカーがうまくなりたいという気持ちでした。自主練習が終わり、家に帰るのは21時過ぎ。そこから食事、洗濯を済ませてから就寝という生活で、常にサッカーと隣り合わせでした。

サッカーだけでなく1人暮らしからも、いろいろな勉強ができました。どんなに疲れていようと、全てのことを自分でやらなくてはいけません。サッカーが好きで、自分が選んだ道だからこそできたのだと、今になって感じます。

次回からは、静岡学園の練習内容をお伝えしていきます。強豪校ではありますが、特別な練習をしているわけではないと、私は思います。

プロフィール

大石 鉄也

1979年11月26日生まれ。静岡学園高等学校から川崎フロンターレ入団。(在籍8年)川崎フロンターレ在籍時代に1年間、ブラジルグレミオに留学。2004年に現役を引退。現在は、子どもたちへの指導を行いつつサッカースクールカリキュラム開発及び指導者の育成にあたる。