コナミスポーツマスターインストラクター大石鉄也のサッカーコラム SOCCER COLUMN by Tetsuya Oishi

ブラジル留学体験談3

vol.6 | 2013/09

夏休みが終わりましたね。まだ暑い日が続きますが、朝晩は冷えますので体調管理には気を付けましょう! さて、今回もブラジル留学中のお話をします。私がブラジルに留学していた1998年、フランス・ワールドカップが開催されました。皆さんがご存知のようにワールドカップは4年に1度、サッカーの世界ナンバーワンを決める大会で、サッカー選手なら誰でも出場を夢見るイベントです。この年、私は約1ヶ月のワールドカップ期間をブラジルで過ごすという幸運に恵まれました。

ブラジル代表戦の日は町がお祭り騒ぎになる、というお話は前回のコラムでしましたね。でもワールドカップとなると全く違う雰囲気で驚きました。まるでブラジルで大会が開催されているかのように国全体がお祭りで、期間中の仕事はほぼ休み。テレビではサッカー番組が流れ続け、朝から晩までサッカー一色といった感じです。日本国内でも盛り上がりは感じられますが、仕事が休みになり国民全員が日本代表のユニフォームを着て朝から晩まで過ごすほどではありませんよね。ブラジル国民がサッカーで世界一になる誇りに思い、必死に応援しながら代表選手と同じ気持ちで戦う姿を見て、サッカー文化の根強さを実感しました。

当時の主力選手はロナウド、リバウド、ドゥンガ、ロベルト・カルロスら。毎回のように優勝候補に挙げられ、国民も優勝しか考えていないため、選手たちは相当なプレッシャーを抱えながらの戦いだったに違いありません。しかし、予選リーグから普段通りのプレーで観客を魅了していました。私が個人的にブラジルを好むのは、ただ単に強いからではなく、自由自在にボールをコントロールし、色々なアイディアを発揮しながら相手の逆を突くプレーにひかれるからです。

決勝トーナメントに進み、ブラジル国内はますます盛り上がっていきました。決勝前は私が経験したことの無い異常なほどの盛り上がりでした。決勝の相手は開催国フランス。結果はジダンを中心に素晴らしい試合を見せたフランスに敗れたものの、国民は街中で拍手して代表選手を称えていました。ブラジル国民のサッカーに懸ける思いを肌で感じることができたと同時に、ワールドカップの持つ意味の重さを実感しました。

1998年大会、日本は初出場しましたが予選リーグ3試合で1得点だけに終わり、1勝もできませんでした。世界で1勝することの難しさを思い知らされた大会でしたし、これを機に日本サッカーは大きく変わったと思います。Jリーグから海外のクラブに移籍する選手も一気に増えました。今年でJリーグ創設20周年を迎え、現在はワールドカップ出場が当たり前のようになり、日本サッカーは確実にレベルアップしています。しかし今後、日本が国全体で盛り上がるためには、やはり国内リーグが、もっともっと盛り上がらなくてはいけないと感じました。

プロフィール

大石 鉄也

1979年11月26日生まれ。静岡学園高等学校から川崎フロンターレ入団。(在籍8年)川崎フロンターレ在籍時代に1年間、ブラジルグレミオに留学。2004年に現役を引退。現在は、子どもたちへの指導を行いつつサッカースクールカリキュラム開発及び指導者の育成にあたる。