その日、カリストは昨日までの猛吹雪とはうって変わって抜けるような快晴だった。

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「NUTが木星に建造した辺境開発の基幹港、コロニー・アンティリア。アンティリアではNUTの技術力の粋を集めた循環システムにより、地球や火星からの物資補給をほとんど必要としないシステムが運営されています」
 LEV乗り達で賑わう、雑然とした食堂の壁際では、その場には不似合いなスーツを着たレポーターがカメラの前で解説を続けていた。 「そしてここ、木星8番目の衛星カリストではアンティリアの水資源を確保するための採氷作業が行われています。20世紀、地球では人類全体の約40%が水資源の確保に苦労をしていたと言われていますが、この宇宙時代ほぼ100%の──」
 昼食時の食堂は、多くの採氷労働者で混み合っていたが、マイク片手の女性とカメラマンの周りには、誰も近寄ることなくアンバランスな空間ができていた。作業用スーツに身を包んだ労働者達は誰もが壁際を見ようとせず、だが興味津々で聞き耳を立てながらカウンターの前に行列を作っている。ディンゴの向かいに座ってマイペースにシチューを口に運んでいるアンジーも、いつもと違いどことなくすましている感じがするのは気のせいではないだろう。


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 その中でただ一人、釈然としていない男がいた。どうやらこの食堂で彼女達が何をしているのかを知らないのはディンゴだけのようだ。
 山盛りのニンジンを突ついていたディンゴはフォークを挙げ、壁際を指した。
「ありゃ、一体なんなんだ?」
 目だけをぐるりと回し天井を睨んでから、アンジーはディンゴの手のひらをつかんで腕を降ろさせた。
「もぅ、朝アナウンスしたでしょ。本社広報のスタッフが取材に来るから粗相のないようにって」
「あぁ、あれか」
「……寝過ごして聞いてなかったのね」
 鼻を鳴らしたディンゴは、興味を失ったように壁際へ背中を向けて座りなおした。
「わざわざ2ヶ月もかけてこんな辺境にまで来なくてもいいだろうに」
「今年はアンティリア入植25周年だから、本社としても大々的にイベントを行いたいのよ。ようやく2年前の事件の傷も癒えてきたし」
「くだらねえ。NUTの謳い文句にだまされてこんな辺境にまで来るヤツなんていねぇよ」





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 2年前、UCM(火星連合)とUNSF(地球連合宇宙軍)の統合管轄下にあったコロニー・アンティリアで、突如としてUNSFが火星企業NUTの研究施設エリアを武装占拠するという事件が起きた。その1ヶ月後、UNSFの行動に反発した火星カウンティ(州)のひとつ、バシリアカウンティがコロニー解放を謳い大軍を派遣。オービタルフレームという、それまでの軍用LEVの性能を遙に凌ぐ巨大人型兵器が始めて大掛かりに実践投入された戦闘であったが、その戦いの結果は火を見るよりも明らかであった。大敗したUNSFはアンティリアから撤退、だが戦場となったコロニー自体も大きなダメージを受け、火星からの移民計画は大幅な修正を余儀なくされることとなった。バシリアが解放軍派遣に踏み切ったのはNUT本社の後押しがあったからだと噂されているが、結果としては移民開発計画を推進していたNUT本社の思惑とはまったく正反対に、辺境の木星圏は希望に溢れるフロンティアとしてではなく、危険な紛争地帯であるという認識が人々の間に広まってしまったのである。
「そうでもないわよ。実際最近は火星や地球圏コロニーからの新入りも多いじゃない」
 ディンゴは再び鼻を鳴らして不満の意を表した。火星から取り寄せられるスポーツ番組のメディアにもNUTの移民募集CMが目立つ。火星では大々的にキャンペーンが行われているのだろう。確かに最近は作業員の数も増えた。ディンゴが食堂を見渡しても知らない顔が結構多い。だが、顔を覚える間もなくすぐに故郷に戻る者も多かった。カリスト自体が人の営みを拒絶する極寒の地である上に、2年前のアンティリア宙域での戦闘の残骸が未だ頻繁にカリストへと落ちてくることがあり、快適とは言いがたい職場となっているからだ。ディンゴ自身も最近ではデブリ対策に追われて採氷作業が滞り気味になっていた。普通、採氷作業員はデブリに近づきたがらない。ノルマに追われる作業員達にとってそれらは時間のロスに他ならないし、何より危険な場合が多い。ただでさえ作業中の事故率が高いカリストはどう考えても「希望溢れるフロンティア」と言うのには無理がある。


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「あら?」
 ディンゴがアンジーの声に顔を挙げると、カメラマンとレポーターが食事中の労働者達にインタビューを始めていた。カメラに不慣れな作業員が律儀に登録番号と名前を告げ、たどたどしくレポーターの質問に答えている。次の取材相手を探しているらしきカメラマンと目があったディンゴは、急いで残りの食事をかきこみドリンクで流し込んだ。レポーターが人を分けながら近づいてくる。
「ね、ね、髪おかしくない? どう?」
 そそくさとユニフォームを整えだすアンジーを傍に、席を立ったディンゴは作業スーツに袖を通した。首を傾げるアンジーを見下ろし、彼女の髪をかき回す。
「きゃっ! 何するのよ!」
「先、船に乗ってるぜ」
「え? 一緒にインタビュー受けようよ」
「ふん。ノルマ終わらなくても知らねえぞ」
「……寝過ごしたのはディンゴでしょ」
 髪を撫で付けながら、上目使いにディンゴを睨みつけた後、アンジーは大きく溜め息をついた。
「ほんと、気分屋の子供なんだから」
 口の端を上げるディンゴをもう一度睨みつけ、席を立つ。アンジーがトレイを片付け終えるとディンゴはすでに発着所への通路へと消えて行くところだった。
「今日もデブリが多いみたいよ。気をつけてね」






『アヌビス ZONE OF THE ENDERS』へ続く


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